リフォーム・リノベーション専門雑誌「プランドゥリフォーム」に掲載中のコラムのウェブ版です。
その昔、我が家の朝食といえばご飯に味噌汁、塩ザケや塩辛、きんぴらのような惣菜が定番だった。
塩ザケの替わりに、カレイの干物やタラやサンマの塩焼きのこともあれば、ハタハタの煮付けの日があり、ウインナーや目玉焼きといったものは少なかった。
あとは納豆に、生卵、バター醤油ご飯。江戸むらさきに、ごはんですよ。のりたまに、ごま塩。コウナゴに大根おろしやほうれん草のおひたしに胡麻和え。祖父が同居していたこともあり、朝は和食中心だったのだ。
朝からトーストにスープや野菜サラダなんてものが食卓に上るのは日曜日だけ。このころはクロワッサンもナチュラルチーズの存在さえも知らなかった。
映画、駅前旅館シリーズだったと思うが、伴淳三郎さんがチーズをもらって石鹸と間違って顔を洗ったなんていう笑い話が登場した時代の直後といえば納得いただけるだろうか。
当時、土曜日は学校も職場も休みではなく「半ドン」だった。給食はほぼ100%がパン食で、ソフト麺なるうどんをヤワヤワにしたような麺がでるくらい。稀にご飯がでるようになったのは、わたしが小学校を卒業してからである。
朝食の味噌汁はしじみや豆腐、じゃがいもや玉ねぎ……さまざまな具材が入っていたけれど、いまのようにワカメが頻繁に登場するのは、「ふえるワカメちゃん」のCMが流れ、乾燥わかめがたくさん輸入されるようになってからだと思う。
昔は年中ワカメがあるわけではなく、塩ワカメを戻して使ったものだ。
北海道の味噌汁には、よく魚も使われる。サケ、タラ、コマイ、カレイ。極め付けはカジカだろうか。
カジカはアンコウに匹敵するうまさで、肝は濃厚でうまい。カジカ汁があれば、おかずはいらないというくらい。味噌の香りをまとった深みのあるやさしいうまさと、肝の濃厚なうまさがたまらない。
タチ(タラの白子)の味噌汁も、北海道の味だ。火を入れすぎず、まだホヨホヨしたころ合いで食べるのが一番うまいのだが、朝のバタバタした時間につくると、つい固くなるまで煮てしまう。こうしないためには、早く仕込んでストーブの端っこの熱が弱い部分に置くこと。こうすると低温でじっくりあたためられ、味噌の風味も失われない。
北海道では石狩鍋と並んで、三平汁がソウルフードとしてあまりにも有名だが、魚介の味噌汁は日常過ぎて注目されない。しかし、これも立派な道民食なのだ。
市場に並ばない小さなガヤ(エゾメバル)やアブラコ(アイナメ)をぶつ切りにして入れたり、ホタテの稚貝をドカン!と入れた味噌汁はまさに北海道の味だと思う。
メインディシュは塩ザケ。ハラスの部分に塩がふいて固まっていて、見るからしょっぱそうだが、これがご飯がいくらでも食べられるほどうまい。これこそ「アキアジ」と呼びたい味。北海道の朝の主役だ。
箸で千切るように身を分けて、一切れずつ口に運ぶと、塩味の中から、サケの旨みがじんわりとこぼれてくる。
舌の上に染み出してくるサケの脂。これが残っている間に、温かいご飯をかき込む幸せ。
「嗚呼、北海道に生まれてよかった!」と思う瞬間だ。
東京では美味しい塩ザケがなかなか手に入らないが、代役にアジの開きがある。これも悪くないが、昔ながらの製法で作られた山漬けの塩ザケにはかなわない。
塩ザケが喉を通過したら、次はジャガイモや大根が入った味噌汁、あるいはとろろ昆布が入った味噌汁を流しこむ。
北海道を代表するサケとジャガイモを北海道の大豆で作った味噌が繋ぐハーモニー!!なんてことを思うこともなく、各々がガツガツと食べ物を口に運び、我が家の朝食は淡々と終わりに近づいていく。時には朝の連ドラを見ながら、時には親の小言を鬱陶しく思いながら。
一方、日曜日の朝は普段とは違う。母はパンを焼いたり、蒸しパンを作るのが得意だったこともあり、休みの日はよくパンが食卓に上がった。
カツゲンを飲みながら、何もつけずにパンを食べることもあったが、わたしはバターをたっぷりつけるのが好きだった。特に、お歳暮などでいただいたトラピストや雪印の缶入りのバターは格別の味で、これでもか!というくらいつけてしまい、あっという間に食べ切ってしまった。
当時はまだブルーベリージャムといったこじゃれたものは普及していなかったので、苺ジャムやバター、ママレードにピーナッツバターあたりがパンの横に置かれるわけだが…… ある日から、わたしは親が「やめなさい」というものを塗りはじめた。
友達の家で昼ごはんをごちそうになったときに、その一家がやっていたバターにグラニュー糖を混ぜて塗るという超高カロリーな食べ方である。
これが実に美味しかった。福砂屋のカステラの一番下側はザラメが敷いてあって、じゃりじゃりして甘くておいしいのだが、バター&グラニュー糖はその感覚に近い、なんともいえない甘さの幸福感が押し寄せてくるのだった。
「あの家はお父さん以外、みんな太ってるしょ。やめなさい」という母の教育的指導で数か月後には撤退を余儀なくされたが、いまも忘れられない味として、下の奥に残っている。
再現してみたい気がするが、今度は母ではなく医師に止められそうな気がする。
道産子の好物タチ(タツ)は、マダラの精巣=白子。スケダチはスケトウダラの白子。
タチのほうが味が濃く、値が張るがスケダチだって悪くない。
新鮮なタチは寿司でもお造りでもいける。タチポンもうまいが、新鮮で美味しいタチはあまり刺激のある薬味は邪魔なくらい。ちょっと塩味が感じられる程度に、塩とレモンとか、醤油を垂らすだけでいい。
二月は積丹や小樽の海に群来の季節がやってくる。ニシンの産卵はいまや北海道の風物詩として復活した。
このニシンの白子もうまい。数の子ばかり注目されるが、焼いたニシンを食べるとき、数の子入りがラッキーと思うか、白子入りがラッキーと思うか、それは人ぞれぞれだが、内地の人のほとんどは数の子入りを喜ぶのに対し、道産子には白子を喜ぶ人が多いのではないか。基本、どっちも好きなのだが。
子供のころ見向きもしかなったというか、口にしたこともなかったのだが、いまの時代、サケのシーズンには白子が嘘のように安い値段で売られている。これがまたうまい。固くならないように低温調理してポン酢やわさび醤油で食べると格別。燻製されたものもうまいし、レバーペーストのようにバケットに塗ってもおいしそうだ。
とかく魚卵ばかり人気になる世の中だが、どこかの政治家のように男女差別することなく、白子も味わいたいものである。
作家・エッセイストの千石涼太郎さんのエッセイ
救急救命士で救急医療に従事したのち、カイロプラクティックを学び、開院した経緯をもつ院長が綴る健康コラム
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