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なまらあずましい生活イラスト1

 小樽駅を降りて左手にある三角市場。いまでは観光客が海産物やメロンなどの特産品を買い、ウニやイクラが盛られた海鮮丼を食べる人気観光スポットになっているが、幼いころの三角市場はまったくの別物だった。地元のお母さんたちが日常の食べ物を買う庶民の台所そのもので、魚屋、肉屋、八百屋が並び、いまとは違う種類の活気と生活感があった。
 我が家からはバスで30分以上。小学校に入るか入らない子供にとってはなかなかの距離だが、母とふたりで三角市場に行くのがとても好きだった。
 一番の楽しみは肉屋で売られていた熱々のコロッケ。おやつや炭酸飲料には厳しかった我が母も、これは栄養があっていいと思ったのか、安かったからなのかわからないが、いつも買い物の途中で食べさせてくれた。
 普段は家から歩いて10分くらいの場所にあった銭函市場に行き、三角市場には月に一度もいかないくらいなのに、特別想いが強いのは北海道産のじゃがいもを使ったコロッケの存在が大きいからだろう。そして、その記憶がわたしを市場好き、豚肉好き、いも好きにさせたのだ。
 じゃがいもは豚肉や油との相性がいい。じゃがバターや肉じゃがは、庶民の味方。西日本では牛肉で作るが、東北や北海道は豚肉。関東はいまや混在していてごちゃごちゃだが、いまも豚派が多い。東日本は豚肉文化圏なのだ。
 カレーに入れる肉も豚肉が当たり前だった。昔は「カレー用」の角ばった肉が売られているわけでもなく、薄切りのロースやバラ肉を使っていた。おそらく、北海道のどこの家庭でも大差なかったはずである。
 カレーに入れるじゃがいもは男爵を我慢してメークインだった。なぜ我慢かといえば男爵の方が美味しいのだが、煮崩れしないメークインを選ぶのがセオリーだから。しかし、炊事遠足に出かけ、各自が持ちよった食材を集めると、大概、男爵が混ざっている。班に一人や二人は気にしない家庭があるのだ。
 ごはんを盛り、カレーをかけるときになって、「あれ?」というくらいじゃがいもが少なく、小さくなっていて、メークインだけ大きなままで発見されることになり、「俺のカレーにじゃがいもがはいってない!」と、取りあいになる班も出てくるのだった。
 三角市場でも銭函市場でも魚が並ぶ光景と、魚をさばく男の姿に目を奪われた。
 いまではほとんど目にすることがない「ハエトリガミ」がぶら下がっている魚屋の店頭には、たくさんの種類の魚が並んでいて、一山200円などと書かれた札が置かれたザルには1ダースほどのサンマが載せられていたり、一夜干しのカレイが無造作に積まれていた。
 その奥で、大きなサケやタラを出刃包丁でさばく魚屋のおじさんの姿。これがとてもカッコよく見えた。
 小さな子供には、なかなか手元が見えず、背伸びしたり近づいたりして、なんとか見ようとしたものだ。
 いまでは魚が切り身で泳いでいると思っている子供や若者がいるらしいが、昭和の時代にはこうして目の前でさばく魚屋さんがいたり、家庭でもお母さんたちが、ちゃんとさばいていたのだ。
 北海道は比較的というか、首都圏や関西圏などの大都市圏よりは魚を捌ける人が多い地域ではあるけれど、札幌圏や内陸には、さばいたことがない人が増えた。魚介類の宝庫に住みながら、それでは寂しくないか?と思うのだが、しかし、そんな人でも、イクラの醤油漬けは自分でつくるという人が案外多い。これが北海道なのだ。道産子なのだ。


なまらあずましい生活イラスト2

 いまはイクラ用の網も出回っていて便利になったが、以前はぬるま湯というほど熱くない温度の水の中で卵巣を包んでいる皮や筋を取り除き、一粒一粒にわけていた。(いまでもやっているかな?)
 バラバラになったら軽く洗い、醤油漬けへと進むと、もう食べたくて仕方が無くなるのだ。
漬け方は各家庭によってかなり違い、いまの我が家は減塩醤油、みりん、酒をまぜて、昆布を一枚入れて、最低7、8時間。酒が多めで減塩醬油なので丸一日おいても漬け込みすぎにはならない。
 短時間で食べたいときは三倍や五倍濃縮の麺つゆに小一時間漬ければOK。カツオ節という他の魚の出汁をサケの卵に使うのは邪道な気がして避けてきたが、本当は麺つゆは失敗がなくて便利なので、最近はちょくちょく麺つゆを使っている。


 子供のころ母は、ほとんど醤油だけで漬けていた。あの味が好きだったし、案外、そのシンプルさがいいのかもしれないなあと思うのだが、わたしはこれを入れた方が旨いんじゃないかなあ、あれもいれたほうが……と、なんだかんだと足してしまうのだ。
 足し過ぎるのは「僕の悪い癖」だが、まだ「僕としたことが…」というほどの失敗をしたことがないので、相棒からのクレームはまだないが、「わたし、失敗しないので」とは、とてもいえない。
 子供のころ、無類の野菜嫌いだった。楽しいはずの市場に行っても八百屋だけはテンションが上がらなかった。
 興味があるのはスイカ、メロンやイチゴといった果物と間違われるような野菜ばかり。例外といえば、干し芋くらいのものだった。
 ストーブや煙突でちょっとあぶって柔らかくして食べたり、干し芋のときだけは、渋めのお茶が美味しいかも?と、子供ながらに思ったり。
 おやつをねだるとうるさがられるが、干し芋をねだっても家族で食べるせいもあり、買ってくれることを覚えたわたしは、毎回のように母にねだった。
 大人になっても好きになれない野菜は数多くある。キノコはほぼ食べられないし、葉物野菜は苦手なものばかり。しかし、いまでは、野菜売り場が結構楽しい。
 じゃがいもの種類を見ているだけでも、トマトを選んでいてもなかなか楽しい。アスパラや、とうきびの季節になると、「北海道に生まれてよかった!」と感じてテンションが上がる。野菜嫌いでも北海道の野菜は魅力的なのだ。
 東京の出版社に勤めていたころは八百屋でぬか漬けを買うのが好きだった。自分で漬けていたこともあるのだが、よくよく考えると、これも母の影響を受けている。
 家庭菜園でも野菜を作っていたが、市場でも漬物に良さそうなキュウリやナス、ニンジンなどを買い、釘を入れたぬか床に入れ、毎日、かき混ぜていた。
 子供のころはたくあん以外の漬物を毛嫌いしていたが、お酒を飲むようになったせいか、ニンジンのぬか漬けが旨い!と思うようになった。
 漬物の記憶をたどっていると、子供のころ食べていたたくあんなど大根の漬物は市場で買ったものだったと気付いた。忘れられないお袋の味には、市場の味が交じっていたのだ。
 銭函市場はもうない。十年ほど前までは使われなくなった建物だけは残っていたのだが、いまはもう跡形も残っていない。
 観光化された市場は日本国中、残ってはいるが、庶民の台所となっている市場は年々姿を消している。実にもったいない。現存する市場が、銭函市場のように記憶のなかのものになりませんように……。


コラム『次の世代に残したい人情と文化』

 北海道に限った話ではないが、市場が年々姿を消している。市場が多い町だった小樽も手宮市場に続き、妙見市場が姿を消した。三角市場や南樽・新南樽市場など、観光客も足を運ぶ市場はそれなりに残っているけれど、昔ながらの市民の台所的な市場は衰退の一途なのだ。
 買い物カゴ片手に、午後になると近所のおかあさんたちが市場に集まってきて、世間話をしながら買い物を楽しむ。そんな風景はもうほとんど見られない。実に残念だ。
 ひとりスーパーに行き、有料になったレジ袋を抱えて帰る。そこには地域のコミュニケーションなどない。食品トレイから食材を出して無料のポリ袋に入れる行為=くるりポイも悪びれずに行う客に、一度カゴに入れた商品に半額シールを貼れと要求する客。
 善悪も世間体も、相手に対する敬意すらもない客が増えた一方で、客を無言で押しのけて商品を陳列しようと動き回る店員のいるスーパー。ひと昔前の日本にはいなかった身勝手な人間が社会にあふれている。
 昔はよかったなどと、回顧してもしかたがないと思いつつも、市場や銭湯のような地域の人間が集う人情味のあふれる「場」は、少しでも長く持ちこたえてほしいと思う。
 ある年齢層だけが集まる場所でもなく、老若男女が集う空間、コミュニティが地域文化や食文化を守りつつ、道徳観を根付かせるのではないのだから。


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