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以前、道東を旅した際、偶然、耳にした言葉をいまも覚えている。
それは「カラフトマスの遡上がはじまると、夏も終わりだと思うんだよなあ」という言葉だ。遡上がはじまるのは、概ねお盆前。当時の私は九月中旬でも三〇℃を超える東京住まい。そのギャップに改めて驚いたのだった。
北海道はお盆を過ぎれば、もう秋の気配。札幌でも小樽でも、夏を惜しむ声が頻繁に聞えてくる。私自身も、夏の海を楽しんだのは、ほんの二、三日。まだまだ遊び足りない。短い夏の終わりは、名残惜しいやら、寂しいやら。夏休みが終わった子供のように、がっかりした気分になる。

しかし、紅葉の秋、食欲の秋の訪れを歓迎するのも、道産子の特徴。
サンマにはじまり、カラフトマス、アキアジ、カキ、シシャモ、ハッカク、ホッケ、タラ、カジカ、ゴッコ、ハタハタ、カスベ……と寒くなるにつれて、美味しい海の幸が増えてくる。

秋口になると、ラクヨウやボリボリなどのキノコ類も登場。好きな人にはたまらない季節に違いない(私はトリュフとキクラゲ以外のキノコはNGなんですが…)。
秋から冬、北海道の食卓には、山海の幸がたくさん並ぶ。お酒が好きなお父さん(お母さんの場合も多々ありますね)がいる家庭では、肴にもなる惣菜や珍味が食卓に上る機会が増える。

サンマの塩焼きに、ひと塩したホッケの開き。塩ザケを焼いたり、カジカ汁や石狩鍋……下戸は熱々のご飯、左党は温燗を一杯、二杯……と、やりながら、北海道の秋の深まりを実感。
そして主婦のみなさんはスーパーや魚屋でも、秋の深まりを感じる。たとえば、イクラにする筋子の値段の変化に、一喜一憂しながら…。


秋から冬、北海道の食卓には、山海の幸がたくさん並ぶ

旬の物はすべからく出はじめが高い。一〇〇g六〇〇円近くしていた筋子が五〇〇円を切り、四〇〇円以下になってくると、主婦だけでなく、台所を預かっている私のような主夫は、「やっと一〇〇g四〇〇円を切ったか。そろそろ買いだな」と思うと同時に「もう一ヵ月もしたら雪かあ」と思うのである(雪が降りそうな季節にはまた値段があがります)。

昨今は醤油漬けを買う道産子も増えたようだが、やはり自分で作りたい。冷たいと感じない程度のぬるま湯のなかで筋子をほぐしたり、イクラ用の網を使ったり、テニスやバドミントンのラケットを使う人もいるらしいが、とにかく、熱を加えず壊れないように丁寧にほぐしていく。手を抜かず、掃除するように粒々にわけてイクラにするのだ(イクラとはバラバラになった筋子をさすが、本来はロシア語の魚卵を示す言葉)。

漬ける調味液は、お好み次第。我が家の基本は、昆布醤油+白だし+みりん+酒だが、最近は手を抜くことが多くなり、麺つゆ+多めの酒。サケの卵の味付けに、カツオのエキスが入った麺つゆを加えるのは料理の世界でご法度だとは思うのだが、家庭料理は美味しければいいべや。道産子は些細なことは気にしないのだ!と自分にいい訳しながら作るのだ。
 イクラの醤油漬けは、丼飯の上に豪快にかけて、がっつくように食べる。お店では口を小さく開けて上品に食べている(つもりの)私だけれど、家で食べるときは、本能のおもむくままというか、「三日は何も食べてない!」くらいの勢いで食べるのだ(女性と良い子は真似しないように)。
 これぞ道産子の幸せなり! 違うかい? 違わないべや。

ハタハタやサケなどの飯ずしは、北海道の冬の味だが、この数十年、自分で作る人が激減している。私が子供のころは、母が毎年作っていた。ハタハタを箱買いして、一匹一匹さばいて樽に詰めて、熟成を待った。待ち切れない父親は毎日のように晩酌の時間に味見を繰り返した。

幼いころ、私はあの「あめた(腐った)ご飯が入った酸っぱい魚」は、いまいち好きになれなかったけれど、成長するにつれ、酒にぴったりの肴に目覚めてしまったのである。魚の糠漬けは東北でも北陸でも、食べられている保存食のひとつ。若狭ではサバを使った「へしこ」と呼ばれる塩分の強い糠漬けが名物になっているように、東日本の日本海側では魚の糠漬けは一般的なのだが、糠ニシンもへしこも、いまでは飯ずし以上に、家庭で作るものではなく、買うものになっている。少々寂しいが、これも時代というものか。

寒さが厳しくなると、かんかい(氷下魚)を玄能で叩く姿や、身欠きにしんやトバの皮をむしる姿、石狩鍋や三平汁をすする姿が目に浮かぶ。
冬の北海道ならではの「家庭内風物詩」。この風情がわかってこそ、大人というもの。北海道の男はかんかいを叩いてちぎって、大人になっていくのだ。そう思っている私は、リフォームするなら、囲炉裏のあるテーブルを作りたいと思っている。牡蛎やタラバを焼き、三平汁を温め、燗をつけるための囲炉裏……嗚呼、想像しただけで、唾液が出ませんか?


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