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「北海遺産」は、稚内の港北防波堤ドーム、増毛の歴史的建造群といった歴史的建造物や、京極のふきだし湧水、霧多布湿原など、豊かな自然に関するものが多い。道外の人が見ても、なるほど!と納得するラインナップである。
そんななかにあって、道外の人なら、まず選ばなかっただろう、いかにも道産子らしい遺産が混じっている。ラーメンとジンギスカンだ。
「よくぞ選んでくれました!」と選考した人たちに、お礼をいいたいくらいうれしいこと。とくにジンギスカンは、北海道の「食の社会学」を考えれば、どうしても欠くことのできない核なのだ。家族のあり方や、近所付き合い、社員同士の関係において、あるいは男女の関係でも、ジンギスカンは欠かせない重要な存在なのである。

ジンギスカンの発祥は、北海道大学の前身である東北帝国大学農科大学出身の駒井徳三が、南満州鉄道社員時代に満州の肉料理を参考に命名したという説が有力だが、北海道におけるジンギスカンは八紘学園の創設者である栗林元二郎が満州から持ち帰ったといわれている由緒正しき料理なのだ。ただ、ラムやマトンを焼けばジンギスカンなのではなく、あの鍋で焼いてこそ、初めてジンギスカンなのである。


ジンギスカンは、北海道の食の代表

日本が高度成長期を迎えると、ジンギスカンは家族団欒の中心になった。焼くのはいま売っている生ラムやチルドラムといわれるような肉ではない。道産子なら説明無用の冷凍のロール肉。サッポロビール園風に呼ぶならば、トラディショナルジンギスカンだ。(最初にメニューを見たときは、しばし笑いました)

昭和三十年代に入ると、りんごや玉ねぎを使ったもみだれに漬け込んだ松尾式(滝川式)のジンギスカンが人気を博し、滝川や長沼など内陸部では主流となる。私の故郷、小樽など、海岸線の街は「たれ後付け派」、足寄など道東では「煮込み派」と、ジンギスカンは少しずつ地方性を持つようになっていったけれど、ジンギスカンは日々確実にソウルフードになっていったのである。

高度成長期に食べたマトンは肉質が固く、脂が癖のある匂いを放っていたせいで、苦手な人もいたけれど、とにかく安くて旨かった。肉食が一般的になってから生まれた我々高度成長期出生世代にとって、ジンギスカンは、安価で美味しい「ご馳走」だったのだ。ビフテキ(懐かしい言葉!)などは、夢のような食べ物だった時代、ジンギスカンは楽しい食事の代名詞であったのだ。
ジンギスカンの日は、肉や野菜を用意する前に、やるべきことがある。まずは、古新聞を用意すること。我が家では座卓をどかして、まず畳の上に新聞紙を敷き、座卓をのせると、さらに座卓の上に新聞紙を敷いた。
これで脂がはねようが、たれがこぼれようが大丈夫。部屋に換気扇はないけれど、安普請の家屋は、風通しは抜群。一酸化炭素中毒も恐れる必要はなかった。まったくもって、「幸いにして」とはいいたくないけれど。
座卓の用意ができたら、次はプロパンのボンベの用意である。ボンベを座卓の横に置き、コンロを座卓の真ん中に。そして、鍋を置いたら、加熱を始める。鍋の中心に脂身(ラード)を置いたら、台所から肉や野菜、食器類を運んで、戦闘態勢である。
道民はジンギスカンとともにあり鍋が温まったら具材をのせる。一刻も早く食べたい気持ちを抑えつつ、箸を持ったまま、じっと我慢。「いつまでもビールを飲んでたらいいのに」と、父親が肉に箸をつけないように念じながら。
札幌オリンピックが行われたころ、我が家ではこのような食事風景が幸せの象徴といえるものだった。
それはいまでも懐かしく思い出せる「古き良き時代」の話。失われた家族団欒の姿である。
ジンギスカンは、子供たちに新聞を敷かせ、男の子にガスボンベを運ばせ、女の子に食材を切らせた。待つことを覚えさせ、「みんなで食べる」ことの楽しさを教えてくれたのだ。私の場合、ちゃんと噛まないと、スジがノドに引っかかって、ウエッとなることも。(道産子ならわかるしょ?)

花見をしながらのジンギスカンもいい。専門店で食べるのも、キャンプで食べるジンギスカンも格別だ。友人知人と鍋を突けば、社会性を身に付けるにも役立つだろう。ストレス発散にもなる。しかし、道産子ならば、家でもジンギスカンを楽しみたい。楽しんでほしい。
昨今は、「匂いが部屋につくのがイヤだもん」などと、おかしなことをいう人が多くなった。私のように、「くさいのが幸せなのだ」という人は少ないようだが、ピエール瀧さんも西田尚美さんもいるわけなので、自宅でもジンギスカンをしようではないか! 道産子らしい家族団欒は、ジンギスカンを中心とした「鍋」にあるのだから!
とはいえ、どうにも匂いが……という方が、リフォームする際に、適所に換気扇を設置しましょう。換気扇など数千円で買える安価なもの。家庭の平和のためと思えば安いんでないかい!?


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