リフォーム・リノベーション専門雑誌「プランドゥリフォーム」に掲載中のコラムのウェブ版です。
札幌市に地下鉄と地下街ができると、小樽の片田舎に住んでいたわたしは、雪まつりと同じくらい地下鉄や地下街に行くのが楽しかった。いまでは当たりの自動改札。ちょっと緊張して切符を入れる。これが楽しいのだ。ちなみに札幌の市営地下鉄は昭和46年に自動改札になったが、東京メトロは平成に入ってから。わたしが出版社に通っていたころである。雪まつりの記憶の多くは大雪像。いまのように飲食や売店があったかどうかさえ覚えていない。ただ、凍えたからだで帰る道すがら家族で熱々のラーメンを食べたことは忘れられない。人生で一番美味しかったラーメンではないかと思うほど印象深い。
どの店だったかも記憶にないが、ごま油の香りがしたような気がしている。幼いころのわたしにって、ラーメンといえば味噌しかなかった。インスタントラーメンを食べない家だったこともあってか、家で作るラーメンもベル食品の華味の黄色い缶に出合うまでは味噌オンリーだった。いまではとんこつラーメンやとんこつ醤油を好むのだが、それでも時々、味噌ラーメンが無性に食べたくなる。特に、気温が10度をしたまわる季節にはもやしがのった油分たっぷりの味噌ラーメンを体が欲するのだ。それはきっとラーメンが冬の家族団欒のいいイメージとして体に染み込んでいるからだろう。
我が家では麺を茹でるかなり前から、麺をほぐして新聞の上で干していた。父がどこで聞き込んだ話かわからないが、その方がうまいのだというので、ラーメンを食べるのは麺が干されたあとになった。ラーメン店で食べるラーメンはもちろん美味しいのだが、わたしは父が干して母が作るラーメンが大好きだった。スープはおそらく華味をアレンジしたもので、少し辛味が加わっていて、たくさんのもやしがのっていた。庭に作った斜面でミニスキーを楽しんだり、雪だるまを作ったりしたあと、家に入りストーブにあたっていると、いい匂いとともにラーメンが運ばれてくる。待ちきれないとばかりに、座卓前に滑り込むわたし。立ち上る湯気を見ながら、まずはもやしを箸で分け入って、麺をすすった。札幌ラーメンらしい黄色くて太めの縮れた麺。スープがからんでなんともいえぬ味だった。まだ冷えていた体が一気に温かくなっていくのを感じなら、箸を止めることなく食べきるのだった。家のラーメンには焼豚がなく、店のラーメンが美味しいと感じたのは焼豚がのっていたからだったのはないかと思う。肉と魚が大好きな少年のわたしはきっとこんな価値観で生きていたのだろう。
麺類といえば、そば、うどん、ソーメン、そして冷やしラーメン。麺類が好きな家族だった。我が家ではそばといえば、ざるそばだった。温かいそばを母が作った記憶がない。わたしがデパートの食堂で二八のざるそばを食べて完全にハマったせいだと思うのだが、我が家では温かいそばの話しすら出なかった。かき揚げそば、天ぷらそば、ニシンそばに牡蠣そば……家族はきっと食べたかっただろうに、と思うと申し訳なく感じるのだが、なにせ子供である。好きなものがあると、あれこれ考えることなく、ざるそばを喜んだのだった。
うどんはラーメンやそばほど食べなかった。北海道にラーメン店や蕎麦店がたくさんあるのにうどんの店が少ないように、習慣になっていなかったのだ。そんな中で好きだったのは鍋焼きうどん。どんな具材が入っていたかは曖昧な記憶しかないが、鶏肉とかまぼこだけは覚えている。店のように個別の器ではなく土鍋に家族全員分が入っまだ寒い春。熱々の鍋焼きうどんを家族で取り合うように競って食べる。でも、猫舌だった子供の頃のわたしは出遅れる。もちろん、両親はそれを見越して残しておいてくれるのだが、同じペースで食べたくて、随分と熱い思いをしたものだ。
我が家ではソーメンも食卓に上がる機会が少なかった。代わりといってはなんだが、冷や麦をよく食べた。虫取りや魚釣り、野球に相撲などして遊んで汗をかいたあとに、ひんやり冷たい冷や麦を食べるのは格別だった。数本しか入っていない赤と緑の麺。これを姉と二人で我先にと競い合うようにして食べていた。戦いに敗れたわたしは「お姉ちゃんずるい」とすねた。我が家の場合、この北海道照準の麺文化にもう一つ異質なものが加わっていた。名古屋のきしめんである。
福岡藩の武家の末裔でありながら、トヨタの前身の会社で技師をしていた祖父が名古屋に家を建て、父が戦前そこで育ったからである。温かいきしめん。ざるそばのようなきしめんも食べたが、印象的なのはぶっかけの冷たいきしめんだった。平たく太い麺をずずっとすすると、そばともうどんとも違う、なんとも不思議な快感を覚えた。いまでもきしめんやきしめんとは書いていない平打ちのうどんを好むのは、こんな記憶が染み込んでいるからだろう。東京時代に無性に味噌ラーメンが食べたくなったように。
日本はご飯の国だが、日本人ほど麺類が好きな国民もいないのではないかと思うほど、わたしたちはラーメン、そば、うどん、ソーメン、ひやむぎ、パスタ、焼きそば…を食べている。道産子の場合、まずはラーメンだろうか。味噌で知られる札幌ラーメンにはじまり、醤油が基本の旭川ラーメン、塩人気の函館ラーメン、極細麺の釧路ラーメンに、上川ラーメン……とあるが、胆振を中心にカレーラーメンなんてものもある。おまけに道外でいうところの冷やし中華である冷やしラーメン以外に、ラーメンサラダという肴になる麺もある。中華麺は小樽名物あんかけ焼きそばにもなれば、ラムを入れた北海道らしい焼きそばにも変身する。穀物としての蕎麦の生産は日本一。幌加内はいまや国産蕎麦最大の供給源だ。麺としての蕎麦は、まだ信州や江戸の人気には及ばないとはいえ、腕のよい職人が増え、美味しい水も手伝って人気店が続々と登場している。
パスタは北海道産小麦を使ったものが出てきて久しい。パスタに合わせる野菜や肉料理は北海道の強みだけに、これからがますます楽しみ。レベルアップした道産ワインとのマリアージュで、さらに人気になるに違いない。さて、うどんだが…大手チェーンで使われるほど美味しい小麦は取れるのに、いまも北海道は発展途上。早く昆布出汁の美味しいご当地うどんを開発したい。道産に特化したご当地うどんを!と、密かに思っている。
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